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福島原発事故・マーシャル諸島核実験
復刻版
第五福竜丸のむこう側
マーシャル諸島の被爆者〈増補改訂版〉
ピックアップ解説
(マーシャル諸島と福島)
台本(テキスト)


WEB&YouTube配信2017年3月1日、字幕版2018年7月30日、改訂版2020年4月1日、制作:映像ドキュメント.com

飯舘村と同じレベルで被曝した島はどうなったのか?
数ミリシーベルトの初期被曝だった島はどうなったのか?
──増補改訂版ではその後わかったことを加えた。
マーシャル諸島では、数ミリシーベルトの初期被曝であっても40年後には健康被害が出ている。


1954年3月1日、マーシャル諸島ビキニ環礁での米国水爆実験によって、第五福竜丸をはじめ日本の漁船800隻以上が死の灰をあび、のちに第五福竜丸の久保山愛吉さんが亡くなった。ビキニ・マグロ騒動や放射能の雨。原水爆禁止運動の出発点となり、3月1日は日本では「ビキニデー」として記憶されることになった。

ここで知っておいてほしいのは、マーシャル諸島には島人たちが暮らしていたし、同じ死の灰は逃げ場のない彼ら彼女らの上に降りそそいでいたことだ。

米国の核実験でマーシャル諸島の人々はどうなったのか、現地でのインタビューを交えたマーシャル諸島からの報告をごらんください。放射能被害の実情から米国のやり口、さらには日本統治下での戦争体験にまで話はおよびます。

内容

1.3・1 核実験とマーシャルの人々
2.放浪のビキニ、エニウェトックの人々
3.増えつづける被爆者〜マーシャルをおおう死の灰
4.クワジェリンとイバイ島〜米領化のもくろみ自由連合
5.日本とミクロネシア〜日本支配と戦争、そして今

増補改訂版について:
元スライドをつくったのが1983年のことで、その後明らかになったことを入れて、福島原発事故後のいまにつながるものにしたいと改訂版をつくりました。
飯舘村と同じレベルで被曝した島がどうなったのか、数ミリシーベルトの初期被曝だった島はどうなのかなど、その後わかったことを加えました。
(荒川俊児)

復刻版・第五福竜丸のむこう側〈増補改訂版〉本編40分 YouTubeで見る 再生 PLAY(WMV136MB)〈初版 本編35分 YouTubeで見る字幕つき

※1983年制作のスライドに、その後判明したことを字幕などで補いビデオ化したものです。
※ナレーションの言い間違えがありますがそのままになっています。


復刻版ビデオ制作:映像ドキュメント.com 増補改訂版 2020年4月1日(初版 2017年3月1日)
(元スライド 1983年3月1日完成版上映(1982年10月 試作版上映)、スライド制作:自主講座/反公害輸出通報センター)

復刻版・第五福竜丸のむこう側〈増補改訂版〉本編40分 YouTubeで見る 再生 PLAY(WMV136MB)〈初版 本編35分 YouTubeで見る字幕つき

※YouTubeの動画はホームページやブログに埋め込んで表示できるので、ご利用ください。
埋め込み画面の右下YouTubeマークをクリックするとYouTubeページにいくので、[共有]→[埋め込みコード]をクリックして出てくるコード(テキスト)をコピーして、ホームページやブログのソースに貼り込むと、そのページでも表示できるようになります。
※リンクは、このページかトップページへ。

●本編からピックアップ・解説〈マーシャル諸島と福島〉

増補改訂版では、その後わかった核被害について地図にしたが、長い字幕が入れられず要点説明になったので、ここで解説したい。

◎核被害補償裁判所(NCT)による健康被害認定者の分布(1993年末時点)

NCT健康被害認定者

これは核被害補償裁判所(NCT)が認定した健康被害を地図に起こしたもの(島田興生さん提供資料、島田興生『還らざる楽園』をもとに作成)。

核被害補償裁判所(NCT=Nuclear Claims Tribunal)は、米国とマーシャル諸島政府が自由連合協定のなかで合意して設立した独立機関で、住民や自治体からの申請を審査し、土地などの財産の損害額(ビキニなど)を確定したり、個々人の健康被害を認定し、補償金を支給してきた(ただし米国が追加拠出に応じないため、確定額の一部しか支払われていない。同じ理由で核被害補償裁判所の活動も停止している)。

この地図を見ればわかるように、健康被害は実験が行われたマーシャル諸島北部だけでなく、全域から出ている

※地図は1987〜91年に申請を受けつけ、審査後1993年末までに認定された572人の分布を示したもの
※核実験時に生存していた者で、白血病、甲状腺ガン、乳がん、喉頭ガンなど25種の疾病
※その後、核実験以後に生まれた者にも申請資格が与えられ、また疾病も36種に増えた
認定された疾病のリスト(中原聖乃『放射能難民から生活圏再生へ』より)
2006年末の時点では1999人が認定されている
※核被害補償裁判所(NCT=Nuclear Claims Tribunal)のサイトはすでにないがアーカイブがここに残っている

◎キャッスル作戦(3.1実験を含む6回の水爆実験)による各地の放射線量(空間線量の積算値)

キャッスル作戦がもたらした放射線

米国は1994年に核実験に関する文書を大量に機密解除した。そのなかには最大規模の核爆発実験シリーズ、キャッスル作戦(3.1核実験を含む6回の水爆実験)が、マーシャル諸島全域に放射線をあびせていたことを示す文書があった。その数値(元データはこちら)を地図に起こしたもの。

米国は死の灰をあびたのはロンゲラップとウトリックのみとし、それ以外の島は健康被害が出ても核実験のせいではないとして補償や支援を拒否してきた。
しかし実は各地で放射線を測定していて、それ以外の島も被曝していたことを当時から知っていた。

※1954年3月1日〜5月14日に行われた6回の水爆実験(キャッスル作戦)による各地の積算線量(空間線量の積算値)を地図に起こしたもの
※当時の単位ラド(レム)をシーベルトに換算した
※当時発表されたロンゲラップの1750ミリSv、ウトリックの140ミリSvの被曝線量は、避難までの空間線量の積算値
※数値の出所:豊崎博光さん提供資料、『CASTLE BRAVO: Fifty Years of Legend and Lore』2013年1月(そのもとは『Radioactive Debris from Operation CASTLE』1955年1月18日)⇒詳細データはこちら

◎2つの地図を重ねてみると

キャッスル作戦による放射線と健康被害

上記2つの地図を重ねてみたとき、初期被曝が数ミリシーベルトの場所でも40年後には健康被害が出ていることがわかる

◎ウォッジェ環礁と飯舘村

本編では米国が核実験による被曝はないとしたウォッジェ環礁についてとりあげ、1981年には深刻な健康被害が出ていることを描いた。
その後、機密解除された文書によって、ウォッジェの被曝線量が明らかになった(元データ)。

ウォッジェがあびた放射線はウトリックより1ケタ低い
2.5ラド=25ミリシーベルト

では、福島原発事故ではどうだったのか? 単純比較はできないが対照として示すと…

福島原発事故で飯舘村があびた放射線は避難が完了するまでの107日間で
32.6ミリシーベルト(中央値)
飯舘村村民一人ひとりの被曝線量でみると、平均が7.0ミリシーベルト
最大の人が23.5ミリシーベルト
(今中哲二さんらの環境省委託研究「福島第1原発事故による初期被曝放射線量評価に関する研究」の飯舘村初期被曝評価調査プロジェクト報告より)

初期被曝だけみると同じようなレベルであることがわかる。単純比較できないのは、飯舘村の場合はその後避難したわけだが、ウォッジェの住民は何も知らされず住みつづけたわけで、土壌の汚染レベルに応じてその後もわずかなりとも日々被曝しつづけたことになる。

◎被曝の影響が出るのは何年後なのか

本編ではロンゲラップとウトリックについて、初期被曝線量とその影響(晩発性障害)が何年後に出てきたのかについて対比するかたちでとりあげたが、それ以外の島については、後に判明したことを加えるかたちになった。

被曝の影響がいつ出たのか、本編で描いたことを整理してみると…

 ロンゲラップ(1750ミリシーベルト
 9年後
 甲状腺切除やガンの急増
 ウトリック(140ミリシーベルト
 21年後
 甲状腺切除やガンの急増
 ウォッジェ(25ミリシーベルト
 27年後
 深刻な健康被害が証言で明らかになる
 数ミリシーベルトの島々
 40年後
 NCTによる健康被害認定者が出ている

ただ、まだ大ざっぱなことしか言えないのがもどかしいところだ。
初期被曝が25ミリシーベルトのウォッジェについては、深刻化する健康被害の実状を本編のなかで報告することができた。
では数ミリシーベルトの島はどうなのか。数ミリシーベルトであっても健康被害が出ているのはNCTの認定ではっきりしているわけだが、現時点では具体的なことまで調べきれていない。

そんなわけで、マーシャル諸島の核実験被害について、被曝線量を意識しながらもう少し緻密に健康被害を描けないか、というのが課題で、いま資料集めをしているところだ。

米国は1994年に大量の核実験文書を機密解除していて、英文の文書はかなり出ているのだけれど(そのほとんどは米国エネルギー省オープンネットで公開されている)、私の場合、英語力は弱いし、研究者のようにかかりっきりになることもできないので、解読の方はほとんど進まず、いまは資料だけでも集めようとやっているところ。英語が苦にならず一緒に調べようという人はいないだろうか。
協力しようという人がいたら声をかけていただるとうれしいです。

(荒川俊児)

●当サイト内の関連映像・関連資料

◎マーシャル諸島の核実験

マーシャル諸島を学ぶ〜日本統治から核実験まで(中原聖乃、島田興生)
(http://www.eizoudocument.com/0666marshall.html)

対談 島田興生×豊崎博光 核がマーシャルで侵したもの
(http://www.eizoudocument.com/0664shimatoyo.html)65分

国際シンポジウム「ビキニ事件」61年
世界のヒバクシャ〜日米の被ばく補償(豊崎博光)
(http://www.eizoudocument.com/0652toyosaki.html)

ウラン鉱山−劣化ウラン−フクシマ(森瀧春子)
(http://www.eizoudocument.com/0653moritaki.html)

マーシャル諸島アイルック環礁の核実験被害(竹峰誠一郎、Tempo Alfred、Rosania A. Bennett)
(http://www.eizoudocument.com/0654ailuk.html)

映画パンフレット『ハーフライフ』映画の貸出
映画『ハーフライフ』フィルム貸出
(http://www.eizoudocument.com/0647FILM002.html)

映画パンフレット『ハーフライフ』 (PDFファイル)
(http://www.eizoudocument.com/06genpatsu/FILM002book.pdf)
映画『パシフィック』フィルム貸出
(http://www.eizoudocument.com/0646FILM001.html)

◎太平洋から見たフクシマ

太平洋から見たフクシマ〜タヒチ・ポリネシアのローラン・オルダムさんインタビュー(http://www.eizoudocument.com/0630roland.html)

◎「ビキニの死の灰」の海洋汚染調査など

「原発汚染水の海中放出」で思いだすこと 前田哲男(ジャーナリスト)2011年4月7日
(http://www.eizoudocument.com/0601omou.html#09)
「原発汚染水の海中放出」で思いだすこと2 前田哲男(ジャーナリスト)2011年4月9日
(http://www.eizoudocument.com/0601omou.html#10)
福島原発事故に思う3 前田哲男(ジャーナリスト)2011年4月11日
(http://www.eizoudocument.com/0601omou.html#11)

福島原発事故に思う4“浮かぶ原発”にも注目を 前田哲男(ジャーナリスト)2011年4月13日(http://www.eizoudocument.com/0601omou.html#12)

◎第五福竜丸

第五福竜丸元乗組員・大石又七さんの発言
(http://www.eizoudocument.com/0651sayounarakameido.html#OishiMatashichi)




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掲載2017年3月1日
更新2023年9月7日